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礼拝メッセージ
『153匹の大きな魚』船田肖二師
思い知らされ、無力さに打ちひしがれたのも事実です。そんな弟子たちに主は、神による恵みの業を再びあらわしてくださいました。 -
礼拝メッセージ
『主の平安』船田肖二師
イエス・キリストの十字架の死は、弟子たちを絶望の淵に追いやりました。神にはどんなことでもできると信じるようになっていた彼らは、主を通して得たよりどころを失ってしまったのです。けれども神は、彼らの想像を超えた方法で、どんな時にも神を信頼すべきことを教えてくださいました。十字架につけられた主が葬られた後、彼らは恐れて身を隠していましたが、そこに釘の痕を残した主は現れ、弟子たちに平安を告げてくださったのです。 -
礼拝メッセージ
『永遠の命の希望』船田肖二
わたしたちの信仰は、イエスキリストによって与えられている希望を土台としています。たとい、どのような思いがけない出来事が起こったとしても、神はその中に共にいて最善を導てくださると信じることができるのは感謝なことです。 -
礼拝メッセージ
『主と共に生きる』船田肖二師
先週には教団総会が待たれ、新しい任命もなされ、新年度に向けての一歩が踏み出されました。過ぎた年月を振り返る時、神の前の信仰は変わることがありませんが、教会はその時代、また集まる人々によって変化し続けることを改めて実感しています。組織が成長し肥大していくとき、その枠組みを守ろうとしてこの世に流されてしまうのは世の常ですが、だからこそまた本心に立ち返り、より深い神の恵みを体験できることは恵みです。みなさんにとって、どんな弱さや失敗の中にあっても変わることのない土台は、どこにあるでしょう。 -
礼拝メッセージ
『あなたがたの信仰はどこにあるのか』船田肖二師
『あなたがたの信仰はどこにあるのか』船田肖二師 ルカの福音書8章22~25節 福音書を通してイエス・キリストと出会い、神のわたしたちに対する思いを知り、感謝と喜びをもって歩めることは幸いです。短い期間であっても、主と共に過ごした弟子たちをうらやましく思うこともありますが、神が今も生きて共にいてくださることを思うと、イエス・キリストと共に歩んだ弟子たちの姿を通して、自分自身の姿を深く教えられます。 -
礼拝メッセージ
『そこにある強き助け』船田肖二師
『そこにある強き助け』船田肖二師 詩篇46篇1~11節 3月に入りました。コロナ下で、ロシアのウクライナ侵攻のさなか、パラリンピックが行なわれています。11年前には東日本大震災が起こり、原発事故の後始末が長引く中、ウクライナ原発や、ロシアの核兵器使用の危険が叫ばれています。わたしたちの住む日本であっても、その危機と無縁ではありません。それだけではなく、南海トラフや首都直下地震の危険は刻一刻と近づいているのです。 -
礼拝メッセージ
『岩の上の土台』船田肖二師
ルカの福音書6章46~49節 年度末が近づき、総会が行なわれる季節となりました。新しい年度をどのように歩むかは大切ですが、これまで神によってどのように導かれてきたかを振り返ることも大事なことです。たとい、わたしたちの日常が信仰深く見えるものであったとしても、日々語られる主に対して、忠実であるかどうかはまた別のことです。 -
礼拝メッセージ
『敵を愛しなさい!』船田肖二師
ルカの福音書6章27~28節 わたしたちの「敵」とは、いったいどのようなものでしょう。確かに、人の生き方を阻害し、考えに反対するものをわたしたちは嫌います。けれどもそれが、自分を成長させ、新しい世界への扉を開くものであることに気が付けば、それ受け入れ、それだけでなく喜ぶことが出来るようになります。 -
礼拝メッセージ
『主が告げられたとおりに』船田肖二師
創世記12章1~4節 父のテラがハランで亡くなった後、アブラムは主から『わたしが示す地へ行きなさい」と導かれます。「主のことばを信じて従うなら、関わるすべての人々に祝福を与える」との約束が与えられたのです。主に従うと口で宣言することは簡単です。けれど[...]
