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礼拝メッセージ
2025元旦礼拝
日本イエス・キリスト教団、有志教会による合同礼拝 -
礼拝メッセージ
12/22礼拝
2024年も、救い主イエス・キリストの誕生を覚え、共にクリスマス礼拝を守れることを感謝いたします。今年は元旦の能登地震に始まり、世界中から災害や紛争ニュースが途切れることなく飛び込んできました。身近に起こる事故や事件だけでなく、わたしたち自身が経験する病や失敗も、わたしたちに不安や恐れを生じさせ、心を疲れさせてしまいます、皆さんはどうだったでしょう。 -
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12/15礼拝
御使いから、「聖霊が臨んで子が生まれる」(35節)と御告げを受けたマリアは、エリサベツが男の子を宿していることを聞き、彼女のもとへ向かいました。マリアがエリサベツを訪ねたのは、御使いが言ったことが、事実であることを確認し、神がなさろうとしていることを、分かち合う意味があったと思われます。マリアは御告げを信じていました(45節)が、偽の幻や勘違いではないことを確認し、事実として受け止めました。 -
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11/24礼拝
イエス・キリストは、力ある言葉で人々を励まし、病をいやし、時には悪霊につかれた人から、悪霊を追い出されたこともありました。しかし人々は、悪霊がその言葉に従いさえする主を恐れ、主に去っていただくようにお願いしました。人々は主を理解し、喜ぶことが出来なかったのです。 -
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11/17礼拝
イエス・キリストの語られた種蒔きのたとえは、誰でも読めば理解し納得できるものです。しかも、後から弟子たちがその意味をたずねた時、主はその意味を解説もしています。しかし、ただ読めばわかることを教えようとしたわけではなく、神を信じる者がその信仰を働かせることによって理解できる、より豊かな信仰の在り方を教えようとされたのではないでしょうか。種が神の言葉であり、道端や岩の上、茨の中に落ちたものがどういう人たちのことを語っているかを知り、良い地に落ちた者の姿を学んだとしても、知識としての言葉ではなく、体験として神を知り、この世的な良い行いではなく、神の前の行いとならなければ、たとえ知ってはいても、表面的自己満足になってしまうのです。 -
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10/27礼拝
イエス・キリストの公の生涯は三年半と言われます。短いようにも思えますが、むしろそれまでの三十年にわたる学びと、主なる神による取り扱いは豊かで、それが父なる神の前に、ぶれることのない決断をもって十字架の道を歩まれる力となったことは間違いないでしょう。神の御心を伝え、赦しを告げ知らせられた主は、ただ教えられた知識としての信仰ではなく、人としてこの世を生きられた実際の経験に裏付けられた信仰を持っておられたはずです。そこには愛され、赦され、祈られ、支えられてきた、一人の人としてのイエス・キリストの姿を見ることが出来ます。 -
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10/13礼拝
わたしたちの日常には四季があり、それにより、時の流れをより深く実感できます。気温の変化による木々や草花、作物の移ろいは、それに伴う色やにおい、味や装いによって、わたしたち日々に変化を与えてくれます。 -
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9/15礼拝
わたしたちの毎日は、習慣と計画によって導かれているように見えて、いろいろな思いがけない出来事にさらされています。それはわたしたちの人生が、成長と老化を伴うものであり、一人ひとりが異なった性質をもっているからでもあります。だからこそ、その土台が大切であることが分かります。周囲の状況が変わることによって変質したり、失われてしまうものに望みを置いていたとしたら、いつも不安に襲われ、心配し続けなければなりません。 -
礼拝メッセージ
9/8礼拝
九月に入り、暑い中にも秋の気配を感じるようになってきました。今日も、ルカを通して与えられた神からの使信を、今を生きるわたしたちへの愛の手紙として受け取らせていただきましょう。
