2026年度

『あなたがたを遣わします』 小泉創師 

聖書箇所ヨハネの福音書20章19節~23節

メッセージ要約

1.復活のイエスが来られる

 福音の出発点は恐れや恐怖ではありません。喜びです。狭いところに閉じ込められていた私たち、罪や死への恐れに体を震わせていたものを、イエスは救い出してくださいました。その私たちの真ん中にイエスは来てくださり、立ってくださって、恐れている私たちの心に語り掛けてくださいます。「平安があなたがたにあるように」。神様は素晴らしいことをしてくださいました。誰にでも救いの恵みを与えてくださるのです。

2.主によって遣わされる

 イエスは喜ぶ弟子たちに新しい計画をもっておられました。こうおっしゃいました。「父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。」

 イエスは、救い主として父なる神のみもとから遣わされてきました。神であるお方が、すべてのものを手放されて、それを惜しいともおもわずに、低く低く身をかがめて、人となってくださいました。罪に満ちた、混乱した私たちのところにきてくださいました。それほどまでに私たちを愛してくださったのです。そのイエスのように、私たちは遣わされます。そこには喜びも多くあるでしょうが、つらいこともあります。明快な答えもなく、無力感が募ることもあるかも知れません。イエスに遣わされる、ということは、イエスとともに喜ぶことと、イエスとともに苦しむことも含まれています。「父がわたしを遣われたように」とイエス様はおっしゃいました。それは人を愛され、また十字架の苦しみを負う生涯でした。そのように、「わたしもあながたを遣わします」。

3.息を吹きかけられて

 しかし、だれが、そのような大きな働きに耐えられるでしょうか。イエスはもう一つ大切なことをおっしゃいました。弟子たちに息を吹きかけて、「聖霊を受けなさい」と言われたのです。息、風は聖霊を象徴しています。神が人に命の息を吹き込んでくださったように、私たちにも新しい命を吹き込んでくださいます。聖霊が私たちに与えられ、その助けを受けて、私たちは遣わされています。聖霊である神様、どうぞ私と共にあり、お助けください、愛を増し加え、あなたと深く結び合わせてください、それが私たちの祈りです。福音を伝えることも、それを受け取ることも、自分が罪にとらえられていることも、イエスを主と告白することも、聖霊の助けなくしてはできません。罪のゆるしは大変な恵みです。イエスの十字架によってのみ、すべての罪はゆるされます。信じるものにとって、もう罪に押しつぶされる夜は終わり、神の光の中を安心して生きていくことができます。私たちの社会を覆う、失望、冷えた愛、分断、それらを乗り越えさせることができるのは、罪のゆるし。絶望、争い、憎しみが私たちのすぐそばにもあります。私たちも遣わされていきましょう。聖霊の助けを受けて。変わらない十字架と復活の希望を告げ、素晴らしい神の御名があがめられるように。