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礼拝メッセージ
3/16礼拝
2022年から続いた創世記のメッセージは、先週で一区切りとなりました。アブラハムへの祝福が、イサク、ヤコブへと継承されましたが、その祝福はどうなったのでしょうか。マタイの福音書の最初には、アブラハムからイエス・キリストまでの系図が書いてありますが、この系図は祝福が継承された系図でもあります。 -
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12/8礼拝
クリスマスのときに良く聞く、「インマヌエル」はヘブル語で、「インマヌ」(共に居る)と「エル」(神)から出来ています。神が、私たちと共にいるために、イエス・キリストとして誕生したことは、まさに「インマヌ・エル」です。この言葉が書かれている23節は、イザヤ書7章14節からの引用です。そこには、処女が子を産むことは、ダビデの家へのしるし(サイン)だと伝えています。 -
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11/10礼拝
イエスと弟子たちは、群衆のいない、日ごろの喧噪から離れたところで向き合いました。この会話は、群衆への応対を迫られる忙しい時ではなく、イエスと落ち着いて向き合ったときにされたものです。神と向き合うこのような時間が必要だからです。わたしたちにも、このような時間が必要です。 -
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7/28礼拝
神は、旧約の時代にはモーセを通して律法を与え、人が罪のゆえに死ぬことがないように導かれました。新約の時代にはイエス・キリストを通して、神の前の人の罪を示し、それを赦されることによって知ることのできる神の大きな愛を教えてくださいました。人は神を知らなければ、自分の経験や考えをもとに人を評価し裁いてしまいます。また神の愛を知っており、自分が赦されていることを知っていても、つい人に対しては厳しく接してしまうものです。 -
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7/14礼拝
イエス・キリストがこの世界を歩まれたのは、二千年以上も前のことです。その時 主がご覧になった世界と、いま私たちが見ている世界にはどんな違いがあるでしょう。国が変わり、生活が変わり、考え方もその習慣も多様化し、おそらく格差が著しく広がったと感じる方が多いのではないでしょうか。 -
礼拝メッセージ
2/25礼拝
早いもので、もうすぐに三月になろうとしています。能登半島の地震から始まった日々も、現地の方や関係のある人々以外は、急速に他人ごとになってきているような気がします。東北で経験した震災もいまだにその影響が続いていますが、意識していなければ、その時の不安や恐れ、困難だった日常を忘れてしまいます。私たちの生きている世界には、まだまだ私たちの知らない思いもかけない現実や、人の知恵では解決できない課題があふれていることを思うときに、神がイエス・キリストを通して与えてくださったメッセージは、大きな慰めであり力です。 -
礼拝メッセージ
2/4礼拝
わたしたちはいろいろな人に、またいろいろなものに囲まれて生きています。その中でいろいろなものを手に入れますが、同時にいろいろなものを失っています。神はわたしたちに「求めなさい」と教えられましたが、いったい何を求めたらいいのでしょう。わたしたちの日々の必要は、成長や目的、置かれた環境や使命によって異なっています。当然、同じように生まれ育っていても、生き方はそれぞれ違って当然です。神はそんな私たちを、一人一人がかけがえのない存在であると、イエス・キリストを通して教えてくださいました。すなわち、わたしたちの存在の根底に、造り主である神を認め、その神に愛されているという理解がなければ、すぐに目の前にある事象に流されてしまうのです。だからこそイエス・キリストはわたしたちが神を見上げ、その神を信頼して生きるべきことを、繰り返し教えくださっているのです。 -
礼拝メッセージ
1/28礼拝
神を信じ、神に従いたいと願っているわたしたちは、どのように生きればよいのでしょう。生まれたときから神の存在を教えられ、神を意識しながら歩むことが自然である人ならともかく、多くの方は、目に見えない神を信頼して生きることの難しさを、日々感じておられると思います。指導としては、礼拝を守り、聖書を学び、祈る事。すべては主から与えられたものであることを覚え感謝をもって献げる事。そして与えられた恵みを感謝し、証しすることを教えられます。ところがこれを一所懸命、守り行おうとすればするほど、恵みが遠ざかってしまうように感じてしまいます。 -
礼拝メッセージ
6/18礼拝
6月第三日曜日は、世間では「父の日」として覚えられています。けれども家族という単位が希薄になってきている昨今、父親像も多様化し、場合によっては悪い印象を持たれることもあります。聖書では神を、父なる神として教えていますし、とても大きくて広い存在です。みなさんにとって神は、どのようなお方でしょう。
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