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礼拝メッセージ
12/29礼拝
今年もいろいろな出来事がありました。その中を主と共に走り抜け、2024年最後の主日礼拝を迎えています。この年の瀬にも病や事故、家族の召天などの報告が飛び込んできています。それでも、どんな時にも神の御手の中にある事を信じることのできる幸いは消えることがありません。わたしたちの経験している現実を見ると、それは重く、心はうなだれてしまうかもしれませんが、その背後で主のして下さったことを覚えると、感謝と喜びが沸き上がり、平安に包まれていることを思い出させてくださいます。 -
礼拝メッセージ
5/5 礼拝
私たちを極みまで愛し、今日も生かしてくださっている主に感謝します。主が先ず私たちに愛を注いでくださっている故に、私たちも「主よ。あなたを愛します。」と今日も告白します。(1節)主はいつも、どんなときにも私たちの願いを聞き、しかも身を乗り出し耳を傾けて聞いてくださいます。ですからはばかることなく、生きている限り主を呼び求めていきましょう。(2節)死がまるで綱のように取り巻くような時、また死の恐怖に飲み込まれそうな思いの時、」苦しみや悲しみの中に浸かっているように思う時もあるでしょう。(3節) -
礼拝メッセージ
3/10礼拝
東日本大震災から13年がたとうとしています。けれども災害はその後も絶えることなく、地震、豪雨、突風だけでなく、伝染病や、争いによるテロなども身近な現実となってきています。皆さんにとって、思いがけない状況で巻き込まれる災害とは、どのようなものでしょう。聖書には人が遭遇した災害が記されていますが、自分ではどうすることもできない自然災害よりも、人の手によって与えられる暴力のほうが恐ろしく感じます。たといそれが飢饉や、病により始まったものであっても、自分や家族、部族や国を守るために他者を傷つけることは許されるのでしょうか。わたしたちが一つの基準を持つと、違いからくる対立が生まれ、自分の正しさを疑わない人は他者を裁き,否定する人になってしまいがちです。神の思いは、イエス・キリストの十字架を通して私たちに届けられています。だからこそ、キリストを通してわたしたちの思いをはるかに超える神の思いを知り、人を裁くのではなく神の約束を信じて平安を得ようではありませんか。 -
礼拝メッセージ
『神を待ち望め』船田肖二師
今日は詩篇を開いています。いつの時代も変わらないのは、人の日常に存在する悩み苦しみです。そんなとき人は、自分の知識や経験に頼り、また人のことばに頼りながら問題を解決しようとしてしまいます。けれども神はどんな時でも、誰かによってではなく、神ご自身によって平安を、あるいは解決を与えてくださいます。それを知っている者にとって、神のそばにあることは、何にも勝る喜びであり祝福です。 -
礼拝メッセージ
『そこにある強き助け』船田肖二師
『そこにある強き助け』船田肖二師 詩篇46篇1~11節 3月に入りました。コロナ下で、ロシアのウクライナ侵攻のさなか、パラリンピックが行なわれています。11年前には東日本大震災が起こり、原発事故の後始末が長引く中、ウクライナ原発や、ロシアの核兵器使用の危険が叫ばれています。わたしたちの住む日本であっても、その危機と無縁ではありません。それだけではなく、南海トラフや首都直下地震の危険は刻一刻と近づいているのです。 -
礼拝メッセージ
『すべてを知っておられる神』船田肖二師
詩篇139篇1~6節 『主よ あなたは私を探り 知っておられます。あなたは 私の座るのも立つのも知っておられ 遠くから私の思いを読み取られます。あなたは私が歩くのも伏すのも見守り 私の道のすべてを知り抜いておられます。ことばが私の舌にのぼる前に ... -
礼拝メッセージ
『喜びをもって主に仕えよ』船田肖二師
メッセージ動画(YouTube) 詩篇100篇1~5節 全地よ 主に向かって喜びの声をあげよ。 喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。知れ。主こそ神。主が 私たちを造られた。私たちは主のもの 主の民 その牧場の羊。感謝しつつ 主の門に賛美しつつ ...
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