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礼拝メッセージ
11/3礼拝
イサク家に生まれた2人の子は成長しました。エサウの「巧みな狩人」という表現からは、神に反抗したニムロデ(10:8)を想起させます。ヤコブの「穏やかな人」には、誠実や素直という意味が含まれています。エサウは野に出て行って個人で活動することを好み、ヤコブは社会の中で暮らす異なる性格となりました。 -
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10/20礼拝
私たちが活きるためには、試練や困難が必要です。それらを乗り越えずに、成功した人も幸せになった人もいません。それらがないと、平穏が幸せなことに気付くことすらできないでしょう。クリスチャンも、それらが無いと真剣に神に向かうことができません。神に選ばれたイサクとリベカの夫婦も同様でした。 -
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10/6礼拝
イシュマエルの生涯は、恵まれたものではありませんでした。サラの策略により跡取りとして生まれながら、「イサクとともに跡取りになるべきではない。」(創世記21:10)と言われ、奴隷であった母と共に追い出されました。その途上で、母が生存を諦めるほどの困難(創世記21:16)に合いました。しかし、その生涯を閉じたときには、12部族の祖となり、自分の民に加えられ、恵まれた最期を迎えました。なぜだったのでしょうか。 -
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9/22礼拝
アブラハムの生涯を通して祝福を見て来ましたが、いよいよその生涯が終わります。アブラハムを通して、新しい祝福が示されました。それまでは天地創造の被造物に対する無条件の祝福でした。新しい祝福は、わたし(主)に聞き従うなら祝福する。というものです。段階的に示され、1回目はアブラハムが信じる前、12章1~3節。2回目は、義と認められたとき、15章5~6節。このときに、将来のことも教えらてれいます(13~16節)。3回目は、イサクをささげる様に言われ、全焼のささげ物をささげた(聖化)とき、22章16~18節。“わたしの声に聞き従ったからである”(18節)と言われ、約束を果たすことを、主は誓いました。 -
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9/1礼拝
約束の子が花嫁を迎え、イサクの嫁探しは円満に終わります。イサクが待ち侘びて野に出ている様子は、放蕩息子の父親が、息子の帰りを待っているかの様です(ルカの福音書15章11~32節)。約束の子イサクは、キリストの型。リベカはキリストの花嫁である、信じた人の型としてみるとき、イエスが私たちを待ち侘びていることが分かります。 -
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8/18礼拝
御使いに導かれ、リベカと出会ったアブラハムのしもべは、リベカをイサクの花嫁として迎えるために兄のラバンと交渉しました。そして、すぐに帰ろうとします。 -
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8/4礼拝
アブラハムは、あらゆる面で祝福されていても、息子イサクには妻がいませんでした。祝福されてても、困難や試練が無くなるわけではないことが、このことから分ります。彼らは、この困難をどうやって乗り越えたのか、見て行きましょう。 -
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7/21礼拝
聖書には、主へのささげ物のことが何度も出てきます。ささげ物による仕組みは、キリスト教の根幹です。私たちを救うイエスの十字架は、主へのささげ物の集大成です。ですので、ささげ物が解ると、十字架の意味が解り、聖書が伝えようとしていることが、より明確になります。ささげ物で、もっとも良いものは、「全焼のささげ物」(燔祭)です。そして、ささげ物の入り口となるのが「罪のきよめのささげ物」(罪祭)(4章)です。 -
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7/7礼拝
サラの言動は、ときに夫アブラハムを苦しめました。また、信仰深い様子は見られませんでした。しかし、聖書はサラを特別な女性として扱っています。生きた年齢が書かれている女性は、彼女だけ。アブラハムが泣いたのは、彼女のためだけ。信仰を持っている人は、サラの子と言われます(1ペテロ3:6)。
