『主に愛されている者として』 森英樹師
マタイの福音書3章13節~17節
そして、見よ、天から声があり、こう告げた。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」
メッセージ要約
新しい一年が主の祝福のうちに与えられました。私たちは、この一年を「どのように」歩ませていただくのでしょうか。今朝は、イエス様のバプテスマの場面から、その歩みの土台となる大切な真理を受け取りたいと思います。
イエス様は罪をお持ちにならないお方でありながら、悔い改めのバプテスマを受けられました。それはご自身のためではなく、私たちの罪を背負い、身代わりとして、また模範として受けられたバプテスマでした。そのとき天から「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ」との御声が響きました。
この御声は、イエス様だけに向けられたものではありません。キリストに結ばれ、バプテスマにあずかって生きる私たち一人ひとりにも向けられている御声です。私たちは、何か良い行いを成し遂げたから愛されるのではなく、行いに先立って、存在そのものが赦され、愛されている者です。
この事実は、私たちの生き方を大きく変えます。すでに赦され、愛されているからこそ、失敗を恐れずに一歩を踏み出すことができるのです。人生で最も大きな後悔は、失敗したことではなく、挑戦しなかったことです。神の愛を信頼できず、臆病になり、踏み出さなかったことこそが悔いとして残ります。
聖書に登場する信仰者たちも、皆失敗を経験しました。しかし神は彼らを見捨てず、挑戦し、悔い改め、信頼し続けた姿を喜ばれました。神は今も私たちに、「大丈夫、わたしが受け止めるから」と背中を押してくださるお方です。
今年、私たちは何に挑戦するでしょうか。すでに「主に愛されている者」として、恐れではなく感謝と信頼をもって歩み出しましょう。主の愛を信じて蒔く一歩は、やがて主の恵みとなって必ず返って来るのです。