2025年度 No.14

『サマリヤの女性からの救い』船田肖二師

ヨハネによる福音書 4章39節~42節

…彼らはその女に言った。「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方が本当に世の救い主だと分かったのです。」…

メッセージ要約

 イエス・キリストが人々の前に出て福音を語られたのは、ほんの数年のことでした。神はこの限られた時を用いて、人々の心を耕し、福音の種を蒔いていかれました。それは計画された大きな出来事というよりも、どこにでもある人との出会いや日常の出来事から、多くの人を動かし豊かな実をみのらせる神による恵みのわざでした。

 スカルの井戸で起こった出来事も、神がわたしたちの日常に働いておられることを知る証です。主が疲れてスカルの井戸の側で何もできずに休んでおられた時、そこに一人の女性が水を汲みにやってきます。主は彼女に水を求めますが、彼女はユダヤ人である主がサマリヤ人である自分に声をかけられたことに驚き、ここから主とサマリヤの女性のやりとりが始まっていきます。

偶然出会ったように見えるこの二人のやりとりの中にも、神の深い愛の御手が隠されていました。弟子たちが食料を手に入れて主のところに戻った時、主がサマリヤの女性と話しておられるのを見て驚きます。彼女は持っていた水瓶をおいたまま、町へ行き自分の経験した出来事を人々に伝えます。

主は弟子たちが買ってきた食料を進められても、それを食べようとなさいませんでした。弟子たちは不思議に思いますが、主は自分を遣わされた方のみこころを行い、成し遂げることが生きる力となる食べ物だと教えられます。

 今を生きるわたしたちも同じです。何の変哲もない日々の歩みの中で、神はわたしたちに寄り添い、恵みの御手をもって導いてくださっています。わたしたちが主の御手を信じて行動するならば、弱さに負けそうになっていても道を開いてくださり、わたしたちが想像することもできなかった恵みのわざに与からせてくださるのです。あなたは今満たされているでしょうか。それとも渇いているでしょうか。

 あなたが主を信頼して、信仰の一歩を踏み出すならば、主は共に働いてくださり、その心は喜びで満たされるのです。