2025年度 No.43
『望むものは何か』 宮崎星人神学生
マタイの福音書20章24節~28節
「・・・人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのと、同じようにしなさい。」
メッセージ要約
本日の聖書箇所は十二弟子が天の御国で主イエスの隣に立つことや偉くなることを望んでいたところに、主イエスが十二弟子に教えたところです。
1,『主イエスは仕える方』
神様である主イエスが私たちに仕えることに違和感を感じるかもしれません。けれども、主イエスは「仕えられるためではなく仕えるために」この地上に来られ生涯を送りました。主イエスは報酬やただ父なる神に従順のゆえに十字架の道を歩まれたのではありません。主イエスは罪の奴隷となっている私たちを救おうとする愛のゆえに来られたのです。私たちに仕えたいと、永遠のいのちを与えたいと望まれたのです。
2,『仕える主イエスを覚える』
私たちが望んでいるものは様々です。十二弟子たちは、天の御国で最高の位である主イエスの隣に立つことを望んでいました。けれども主イエスは偉くなることや高い地位になることではなく、仕える道を望まれていました。十二弟子は残念ながら主イエスの生涯の目的がわかりませんでした。けれどもだれよりもいまでも仕えておられる方は主イエスです。主イエスによって私たちは生かされているのです。ともに主イエスによって生かされていることを覚えていきましょう。