創世記27章28~45節
…イサクは答えてエサウに言った。「ああ、私は彼をおまえの主とし、すべての兄弟を彼にしもべとして与えた。また穀物と新しいぶどう酒で彼を養うようにした。わが子よ、おまえのためには、いったい何ができるだろうか。」…
メッセージ要約
誰を祝福するかで、主の思いとイサクの思いは異なっていました。主は弟ヤコブを約束の子として祝福しようとしていましたが、イサクは兄エサウを祝福しようとしていました。イサクは妻リベカとヤコブに騙されていることに気付かず、ヤコブを祝福しました(28,29)。
エサウが、後から祝福を受けようとイサクのところに来たときに、イサクとエサウはようやく事態を理解しました(30~38)。イサクは、ヤコブへの祝福と反対のことをエサウに告げました(39,40)。エサウはこのことで、ヤコブを恨み殺そうと決心します。リベカは人づてにそれを聞き、ヤコブを自分の出身地である、兄ラバンのところへ逃がす計画を立てました。
前回に引き続き、イサクの家族全員が、主の前に誤った選択をしていました。父イサクは主の思いとは違う息子を祝福しようとし、兄エサウは主の恵みと信仰を軽んじたことが今回の結果になっているにも関わらず、全て他者のせいにし、カインのように弟を殺そうと考えました(創世記4:1~16)。妻リベカは、主の思いに沿って、弟ヤコブが祝福を受けるようにと策略しましたが、夫イサクを騙し、その報いか、愛するヤコブとは生涯の別れとなります。約束の子となる弟ヤコブは、母リベカの計画にのり、父ヤコブをだまして祝福を受けます。その結果、ヤコブは生涯騙され続けます。ヤコブはその人生を、いろいろなわざわいがあったと、幸福とは思えなかったと、ファラオの前で吐露することになります(創世記47:9)。
この家族は、どうすれば良かったのでしょうか。特に祝福を受けることができないエサウは、どうすればめぐみを受けることができたでしょうか。この家族は困難なことが起こったとき、誰も主の前に出ていませんでした。祝福を受けるにしても受けないにしても、誰もが主の前に出ていれば、めぐみを受けられたに違いありません(ペテロの第一の手紙5:6)。主は、このような家族をも用い、すべての人を祝福しようとしてくださっています(テモテへの第一の手紙2:4)