2024年度 No.12

『祝福の誓い』石﨑善土師

創世記22章15~24節

…「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたが、わたしの声に聞き従ったからである。」…

メッセージ要約

 アブラハムは、「独り子をささげる」という試練を通し、神に聞き従いました(18)。その結果与えられたのが、主の祝福の誓いです(16~18)。この誓いは、ヘブル人への手紙6章13節に書かれている主が自分にかけて誓った誓いのことです。
 その内容は、ユダヤ人だけではなく、アブラハムの子孫であるイエスを通し、私たちに与えられる祝福が含まれています。1つ目は、アブラハムを大いに祝福する。2つ目は、子孫を増やす。この子孫は、肉の子孫であるイスラエル人と、信仰の子孫である私たち異邦人を含んでいます。3つ目の、子孫が敵の門を打ち破るとは、城壁に守られた町を、門から打ち破って陥落することを指していますが、イエスが、罪による死を打ち破り、サタンに勝利することも指しています。4つ目の、子孫によってすべての国々が祝福を受けることは、イエスによって成し遂げられました。
 これらは、この時点ではアブラハムはほとんど手にしていませんでした。しかし、“信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。”(ヘブル人への手紙11章1節)。とあるように、アブラハムはそれを確認しました。なぜなら、神が誓っているからです。
私たちは、人生に、いつ何が起きるか、どうなって行くか分かりません。確かだと思っているものが崩壊することがあるのは、歴史を見れば明らかです。もっとも信頼できることは、主の約束です。その主が誓っている約束は、聖書の中でもこの箇所だけです。これ以上に確かにものは、他に存在しません。この誓いは、アブラハムが試練に合格して得られたものですが、イエスが試練を通して私たちに与えられたものを象徴しています。
 私たちは、アブラハムとイエスが試練を通ったことで受ける、この祝福に預かっています。それは、イエスを信じたことで、この試練を共に通ったと主にみなされるからです。私たちの人生には、まさかと思う事が、これからも現れますが、主が祝福を誓ってくださっていることを、忘れずに歩ませていただきましょう。