2023年度 No.26

『アブラムによる救出』石﨑善土師

創世記14章1~24節

…彼はアブラムを祝福して言った。「アブラムに祝福あれ。いと高き神、天と地を造られた方より。いと高き神に誉れあれ。あなたの敵をあなたの手に渡された方に。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に与えた。…

メッセージ要約

 ノアが呪った(9:25~27)影響か、カナンの5人の王たちは、セムの子孫であるエラム(10:22)の王に仕えていた。その後反乱を起こし、シュメール(シンアル)の4人の王たちの連合軍に攻め込まれ、敗北した。ソドムとゴモラのすべての財産、食料は奪われ、ソドムに住んでいたロトもその中にいた。それを聞いたアブラムは救出に向かい、ロトと他の人々、財産を奪い返し、戻って来た。それを、ソドムの王とサレムの王が出迎えた。
 サレムの王メルキゼデクは、パンとぶどう酒をもって迎え、アブラムを祝福した。アブラムが戦利品の1/10を、いと高き神の祭司であるメルキゼデクへ献げたことは、勝利が神に寄るという信仰の表明であった。ヘブル人への手紙5章から7章を見ると、メルキゼデクは永遠の大祭司として位置付けられている。ソドムの王は、財産をアブラムの持ち物とするように提案した。しかし、神の祝福と恵みが満ちていたアブラムは、邪悪なソドムの王の提案を断り、すべてを返した。
 祝福と恵みに目が開かれているとき、この世のものは、取るに足らないもののように感じ、また、すべてが神から与えられていることが分かります。この恵みと祝福は、大きな平安を与え、この世の如何なるものにも置き換えることはできません。
 アブラムはメルキゼデクを通して神へ戦利品を献げましたが、その前に、祝福と恵みを受けています。献げものをする前に、神の恵みと祝福に目が開かれることが大切です。ソドムの王は、アブラムが財産を取る様にと提案しましたが、ソドムの王こそ、アブラムへ神の祝福を願い、受け取るべき立場でした。ソドムの王は、いと高き神の祝福に目が開かれていなかったため、祝福を得る機会を逃しました。
 神に献げることは、恵みと祝福への応答であり、恵みを受け取るための条件ではありません。あなたの人生は、主の技、祝福、恵みに満ちていることが見えているでしょうか。