使徒の働き2章37~39節
人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです。」
メッセージ要約
神がイエス・キリストを、すべての人々のための救い主として、この世に送ってくださったことは、その時代、その地域、その当時の人々の生活や習慣などを考えると、なかなか理解しがたいことです。けれども聖霊は、時や場所、人種や習慣を超えて、全世界のすべての人が、イエス・キリストを通して父なる神を知り、その救いに与れるようにしてくださっています。
本来ならば、いつでも聖書を持ち、開くことができるわたしたちは、聖書を手にすることのできなかった多くの人々より、信仰深い生き方ができそうなものです。ところがむしろ、知識は多くても、大切な神の生ける御手を忘れてしまいがちです。しかも、神の働かれる広さ深さ大きさを、知らず知らずのうちに限定してしまいがちです。イエス・キリストの十字架は、神の愛の大きさをわたしたちに教えてくれるだけでなく、復活が、この世の経験と知識では理解しがたいものであるからこそ、自分の理解できる範囲超えた神の存在を知ることができるのです。
主に約束されていた聖霊の賜物を待ち望んでいた弟子たちは、聖霊に満たされたとき、主と共にいたときの自由と喜びを思い出し、ペテロは目に見えなくても共にいてくださる主によって、新しい一歩を踏み出すことができたのです。わたしたちは今、主と共に歩んでいるでしょうか。罪を赦され平安を得るために、悔い改めてバプテスマを受け、今も共に働いて下さる、イエス・キリストと歩もうではありませんか。そうすることによって、どんな人も主の安心を得ることができるからです