創世記1章26~2章3節
「…神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。『生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。』 神は仰せられた。『見よ。わたしは、地の全面にある、種のできるすべての草と、種の入った実のあるすべての木を、今あなたがたに与える。あなたがたにとってそれは食物となる。…』 すると、そのようになった。…」
メッセージの要約
天地創造の7日間を3回に分けて見て来ましたが、今日は最終回です。神これから創造する生き物を入れる場所として、天と海と地を造りました。そして、天に住むものとして鳥を、海に住むものとして水の生き物を造り、祝福しました。最後の地に住むものとして、地の生き物を造りましたが、その中では人だけを祝福しました。
祝福は、ヘブル語で「ベラカ」です。そこに含まれる意味には、贈り物、幸福、恵み、和解といったものがあります。旧約聖書では物質的な繁栄や力に象徴され、「生めよ。増えよ。地に満ちよ。従えよ。支配せよ。」と言われています。神の恵みである祝福は、特別なものに限定して与えられます。そのため、地の生き物では人以外のものには与えられませんでした。人だけが、神のかたちとして創造され、地を従え、他の生き物を支配するように命じられました。
神は、創造の7日目を特別な日として祝福し、聖なるものとしました(3節)。聖なるものとされることにも、特別なものとされる、神のものになるという意味があります。
わたしたちは艱難や苦しみの中にあるとき、自分は祝福されていない、祝福がないと思ってしまいます。しかし、自分がどのように感じていても、あなたは神の特別な存在であり、祝福された人なのです。イエスを救い主として受け入れた人は、すでにその祝福の中にあります。そして、わたしたちは、祝福を与えられるだけでなく、神の祝福を与える存在でもあります。わたしたちは毎週、祝福された日を迎えていますが、その日は祝福されたことを感謝するだけでなく、地を従える支配者として、祝福を伝える役割と権限を担っています。あなたは、そのことを思い返しておられたでしょうか。